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今週は動画を撮ることができませんでした!
次に用意している記事を前倒しに掲載するのも考えましたが、たまには近況を兼ねて雑談でも。
文中、愚痴や何かに対する批判をするかもしれませんが特定の個人、特にこれをご覧になる可能性のある方を意識してはおりません。
私と何らかのやりとりがある方で「ん?この批判は俺(私)に対してのものか?」とお思いになる方がおられるかもしれませんが、
これをご覧いただいている時点で、あなたの事ではありません。ご承知おきください。
まあ、それほど深刻なことを書こうというわけではないのですけれども。雑談です。

プロは融通がきかない。(愚痴と反省)

王様の耳はロバの耳、と叫ぶつもりで書きますね。
うちの現場も何人ものプロカメラマンさんに来て撮っていただいていますが、それぞれ自分のスタイルに凝り固まっていて、
それ以外のものを試そうという気概がありません。
私は横から見ていて、それがいちばん腹が立つ。

毎回同じものを撮っていただく、お付き合いが長くなるとマンネリにもなるし、マンネリは評価が下がる最大の要因でもありますので、
こちらはさんざん根回しをした上で「何か新しい撮り方を」と具体的に提案したり、逆に提案を求めたりします。
しかしそういう時にきまって「いや、この撮り方が一番良いんだ」とか「今までこの撮り方でやってきたので」とか、
「やれと言われればやりますが、出来は保証できませんよ」とか。とにかく頭が固い。
こちらは「一緒に考えていきましょう」というスタンスで臨んでいるのに、端っから拒否姿勢なのです。
技術には敬意を持ち、教えを請うことも多々あるのですが、この話になると途端にヘタレて見えてきます。

私「今回は目新しさが欲しいので、新しい状況で撮り方を考えてみていただけませんか?失敗してもいいですから」
プロ「いや、あなたには分からないかもしれませんが、人物のスタイルを良く見せようと思うと今のままが一番良いんです」
私「じゃあ、あなたと同じ撮り方をしていない同業の方は、全員あなたより下手ということなんですか?そんなはずないですよね?」
プロ「それはそうですが…」
あえていやらしい言い方をするならば「やらない言い訳」ばかり探しているようにしか見えないのです。

ここからが本題で、自分の身に置き換えて考えてみますが、私に「そのプロの姿勢を批判する資格」が本当にあるのか?と。
私も何か新しいことを始める時など面倒に思って「出来ない理由」とか「やらない言い訳」を探したりするではないか。
具体的には、今日は仕事が早く終わりそうだ、久しぶりにどこか撮り歩こう、と思ったとします。
でも終業直前に「せっかく早く終わるのだから、たまには早く家に帰ってゆっくりしたい」という気持ちがもたげてきた、と。
すると無意識のうちにネットで天気を調べて「雨が降りそうだから今日は撮り歩きは無理かな?帰るか」みたいに考えてしまう。
自分のその場の感情に、後付けで都合のいい情報をくっつけて正当化しているわけです。
まあ、人の心の弱いところですよね。刹那的に楽な方を選ぼうとするという。
時には良いでしょうがいつもそれでは困る、うまく折り合いをつけていこう、と私としては思いました。
これをご覧の皆様はご自身のよろしいようにお考えください。

というわけで、来週の仕事はこれで行くぞー!
EP570049

何のためにブログを書くのか。

私もよく見せていただいているブログで最近「何のためにブログを書いているのか」というトピックが採り上げられていました。
よしよし四方山話。山梨県にある「名勝 猿橋」 その⑤
海老名市在住のブロガーよしよし様、日常の切り取りに味があり、特に奥様が登場する話が好きなのですが(笑)パンケーキウラヤマシイネー
そこからの引用です。一部地名は割愛しましたが趣旨を違えるようなことはしていません。
ーーーーー以下引用ーーーーー
いつのまにか街中を散策するという大きな目的を見失っていたように感じます。
「奇を狙ったもの」「ブログのネタ作り」ということに縛れすぎていた気がします。

「自分が何をしたいのか」「ブログで何を訴えたいのか」「写真の目的」などをハッキリさせないと、
ただ単に写真を並べているだけの退屈なブログになってしまいます。
ーーーー引用ここまでーーーー
ブログは原則「読み物」ですから、写真を考え無しに並べているだけではその通り「退屈なブログ」になってしまいますよね。
ところで私は街を撮り歩くいう趣味において「ブログ掲載」を常に意識しています。
今や「ブログに掲載するために写真を撮り歩いている」と言ってもいい。
見方によってはブログ掲載のための写真の撮り方に凝り固まってしまっているかもしれず、実際そう指摘されたこともあります。
曰く「写真が説明的になる」と。まあそういうこともありますね。
ご指摘はまったくごもっともで、その上で私はそれを作風と認められる程度に昇華させたいと考えて勉強中です。
そこに文章をくっつけていく、当ブログ場合は文章無しでの掲載は考えられない、まさに両輪なのであります。

それはともかく。
自分が何をしたいのか、ブログで何を訴えたいのか、となりますと私は公に対してどうなのか、ということは浮かびません。
時期は少し前になりますがその点に言及されているブログ、こちらもよく見せていただいているサイトですが、
Sakak's Gadget Blog 【雑記】ブログを書き続ける理由は、好きだからだけじゃダメですか?
こちらでそれを言葉にしておられましたのでその部分の引用です。
ーーーーー以下引用ーーーーー
目標とか、目的とか、求めているものとか、そうものは特になく、ただ、好きなことだけをやっているんだな、と。
承認欲求とか出会いとか、気づきとか新たな自分発見とか、そういうことは、あくまでも後からついてきた結果であって、
それが理由で自分が動いているのではないことに気づきました。
何が好きなのかっていうと、ざっくりいうと、この4つです。全部、感覚的な話ですよね。
 ネットワークにつながるPCを触るのが好き
 自分が書いた文章や写真を整理するのが好き
 それをブラウザ越しに眺めるのが好き
 自分が書いた文章や写真を整理するツールとして、今は「ブログ」が書きやすいから好き
ーーーー引用ここまでーーーー
好きでやっている、シンプルな表現ですが、確かにその一言に尽きますね。はげどう、ってやつです。
ここで少し言葉遊びに流れるならば、では「好きでやっていないブログ」とは何かといいますと、
「好きではないがやらざるを得ない」か「好きではないがしなくてはならない」ぐらいでしょうか。
前者は企業の広報とかかな?後者は社会派、告発系かな?
当ブログはどちらでもありません、まさしく「好きでやっています」となりますね。
あえて付け加えるとするならば「ここで創造的な作業をすることで、別の所でのストレスの処理になっている」とは思いますが、
これもやはり後付けですね。好きだからやっているのであります。

で、引用した節の後半部分「何が好きなのか」に興味が移ります。読み手を案内することに優れた記事だと思います。
その中で私的に目が止まったのは
「自分が書いた文章や写真を整理するのが好き、それをブラウザ越しに眺めるのが好き」
という部分でした。私も同感です。自分が作ったもの(ここで言えばブログ)をぼーっと見返すのが好きなんですよね。
EP570048

自分のブログは客観的に見て面白いのか?

その上で、書いた本人以外が見た時に面白いと思ってくれているのだろうか、とは常々考えていました。
以前に「自分のブログを見返すのに、自己愛以外に何らかの心理が働いているのだろうか?」と思った時に見つけたブログがこちら、
不倒城 ひとり語りは面白いのかどうか、について。
そこからの引用です。当サイトに合わせて改行のみ行っています。
ーーーーー以下引用ーーーーー
…つまり、「自分が読む自分の文章」というものは基本的に名文なのである。

以上、当たり前の前提。さて、問題はここからだ。
ごくごくごくごく当然の話なのであるが、上記の様なバックボーンを、自分以外のあらゆる人間は持っていない。

この当然の前提を認識することは意外に難しい。
自分自身は「バックボーン」持ちであるから、自分の文章を「完全に客観的に読みこなす」ということは事実上不可能なのだ。
かなり書くことに慣れた人間でもこれは同じで、例えば作家でも、
自分の文章を評価する為に他人(例えば編集者)に読んでもらったり、
あるいは何か客観的・かつ厳密な基準にあてはめてみたりする。

「自分が読む自分の文章」と、「他人が読む自分の文章」は完全な別物である。
このごく当然の、しかし意外に実感しにくい前提を忘れると、文章というものは単なる脳内完結の落書きと化してしまう。
自分の脳内世界を幾ら書き記したところで、基本的にそれは他人に理解出来るものではない。
その中に時折非常に面白いかけらが混じっていたとしても、
それが他人の目に映ったときには違う姿をしていることは認識しておくべきなのだ。
ーーーー引用ここまでーーーー
自分は自分の文章のツボ、面白味を、文章を書くに至った背景から全て知っている(なんせ書いている本人ですから)、
だから面白いと感じるけれども他人は必ずしもそうではない、ということが書かれています。
これもごもっともですね。大いに共感します。
自分で自分の文章を見返すと面白いと感じますが、それが世間の評価と一致するかは分からんよ、と。
それって写真でも同じことが言えそうですね。ひとりよがりの「傑作写真」を掲載しているのかもしれません。

私も含む世間のブロガーとしては「それは気にしないで」記事を書き、写真を撮り、掲載するしかないだろうなと考えています。
当ブログに関して申すなら、特に私は「察してください」という意図を込めたり「ツッコミ待ち」するなどして、
あえて文章にしない部分というのも多々ありますから、そこの感性が近くないと伝わらないことは多いようにも思います。
ただまあ、それも含めてうちのブログの特徴だと位置付けて意図的にやっている部分もありますのでお付き合いいただければと。
写真にしても然り、文章力・国語力・推敲力の話は別の機会に。
更に言うならば、第一に自分が好きでやっていることですので、
心の底では「他人が面白いと評価してくれているかはニの次」と思っているかもしれません。
評価されたいと思っているつもりなんですけどね(笑)
9/13追記:読み返してみましたら、「不夜城」さまの記事に対して否定的な解釈をしているかのようにも読めるような
     書き方になっていることに気付きました。
     批判の意図はない(むしろ熱烈な賛意)ですので、意図が明確になるよう表現をあらためています。
     当初からの「自分の文章は、自分が思っているほど他人からは評価されない、そこは敢えて気にせず書くしかない」
     という趣旨は変わりません。
EP570050

今回はこの辺で。
長文にお付き合いくださりありがとうございました。
方向性で悩んでいる、とかではありません。機会を得ましたので思っていたことをまとめてみた、ということであります。
ただ、少し積み残しをしていますので、いずれまたブログ自体について書くこともあるかもしれません。ないかもしれません。
またぜひお立ち寄りください。よろしくお願いします。
m(_ _)m
EP570051
今回の
撮影機材
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