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2015/09/08 Tue 00:00 ブログ | ブログ | 日記・時事・業界

●オリジナリティとは何ぞや、という話

諸事情により、予告とは異なる内容でまいります。申し訳ございません。 最近オリンピックロゴの一見で「パクリ論議」がひときわ盛んになっているように思います。 私もどちらかと言えば一応「ものづくりをする側」で末端にいる身ですから、避けて通れない話題だとは思っています。 ですので、せっかく旬の話題(笑)ですので、一度記事にしておこうと思いました。乗るしかない、このビッグウェーブに。 ただ、ここではオリンピックがどうとか佐野某氏がどうとか、そこら辺の話には言及いたしません。 きっかけだけいただいた、というだけ、なのですが、最後まで読んでいただくと分かりますがきっかけですらないかもしれません。

・言葉の定義から始めますね

その前に、言葉の定義というか、今回の記事ではこういう意味で扱いますよ、ということを決めておきます。 なお、話題を明確化するため今回のテーマは写真に絞ります。 絵画音楽彫塑デザインCGその他諸々写真以外の全部、横に置いといてください。

 オリジナリティ

オリジナリティとは日本語で独創性、と訳すそうです。 ここでは「他に類似したものが無いもの」とします。

 アイデア

ここでは「発想」、特に頭の中で思い描いている段階のもの、とします。

●オリジナリティとアイデア

・「見たこともないような写真」

私たちはウェブ上で、SNSで、あるいは従来のように写真集のような形で、あるいは広告で、 日々無数の写真を目にしています。 ここで皆さんにお伺いします。最近「見たこともないような写真」を見た記憶が、ありますか? 正直私はございません。目にするものとしても、自分が撮るものとしても「見たこともないような写真」を見た記憶がありません。 人それぞれこれまで見てきた写真のジャンルや量が異なりますから一概には言えませんが、 少なくとも「誰もが『こんな写真見たことない』と驚く」ということは、今ではかなり稀な現象であるように思います。 「見たこともないような写真」を最近見ていない。 それは「見たことがあるような写真」ばかり見ている、と言い換えることができそうです。 つまり「オリジナリティの無い写真ばかり見ている」ということになりますね。 もうひとつ踏み込みますと、 「世間の多くは(もちろん私も含めて)、オリジナリティの無い写真を日々大量生産している」 と言いうこともできるのではないでしょうか。

・ジャンルは異なれ、事情は似たようなもの

当ブログをご覧くださっている皆様の多くは、どのような形であれ「撮る側」におられる方々である、と私は勝手に想像しています。 ですので今回はそれを前提にさせてください。

 街撮りスナップ

当ブログで扱っている主な題材のひとつに「街撮り」というものがあります。 以前から再三申し上げております通り、当ブログで掲載しているような写真は、 カメラを持ってその場所に行きさえすれば誰でも似たものを撮ることができます。 ですので、本質的にオリジナリティを主張する余地が少ない分野であります。 KITTE屋上庭園へ行けば誰でもこういう写真を撮ることができますよね。そこにオリジナリティは希薄であろう、という事です。 DSC00413

 他のジャンルだって似たようなもの

例えば航空祭へ行き、望遠レンズを構えて飛行機を撮りました、と。 例えば車を走らせて遠出して、3日粘って富士山を撮りました、と。 例えば紅葉の渓谷を歩いて分け入り、高精細に鮮やかに撮りました、と。 例えばモデルさんにポーズをつけて魅力的に撮りました、と。 例えばカフェでパンケーキとテーブルクロスをゆるふわで撮りました、と。 ジャンルを挙げればキリがないですけれども、出来上がった写真を見た時に受ける印象の大半は、 「ハッキリよく撮れてますね」とか「色がよく出てますね」とか「光が美しいですね」とか「肌が綺麗ですね」とか「美味しそうですね」 …というようなもののはずです。 「こんな写真見たことない」という感想は、なかなか貰えるものではありません。

 オリジナリティが写真の評価の全てではない

もちろん「どこかで見たことがある」というだけでその写真がダメ写真なのかというと、そうではないですよね。 私たちはオリジナリティが高いことに最高の価値を見出して写真を撮っているわけでも見ているわけでもありません。 「写真の評価におけるオリジナリティの存在は、多くの要素のうちのひとつでしかない」と言えると思います。 その上で今回は「オリジナリティ」の話ですので、写真の出来や評価云々という話にはこれ以上深入りしません。

・オリジナリティを主張するには

今回の主題は「オリジナリティ」です。 私達が「オリジナリティのある写真」を撮ろうと思った場合、どのようなアプローチが考えられるか。 理屈をこねますと、大きく2つの方法があるのではないか、と考えます。

 1:その被写体を撮影した、最初の撮り手になる

単純にオリジナリティを主張したいのであれば、こちらが真っ先に浮かびます。 例えば。 誰も見たことのない謎の深海生物が、たまたま偶然浜辺に打ち上げられ、たまたま偶然自分ひとりがカメラを持ってそこに居合わせた。 その「謎の深海生物の写真」については、最初に撮った人は確かに堂々とオリジナリティを主張できます。 メディア媒体に売りさばくことも出来るのではないでしょうか。 しかし、その浜辺に人がわらわらと集まってきて思い思いにカメラを向け始めたら、 ましてや拡散なんてされた日にゃあ、そのオリジナリティの価値は暴落しますよね。 そこに存在するものをそのまま撮るだけですので、誰にでも可能ですから。 オリジナリティを主張する意義が、簡単に消滅してしまう可能性があるわけです。

 2:追従者が生まれにくくする

ですので「オリジナリティを主張したい、少しでも長く」と考えますと、ひとひねり必要になってきます。 ここでは「ありふれた被写体であっても、何か他の要素を組み合わせることでオリジナリティを生み出す」という方法を検討します。 例えば。 既存の写真や映像作品で散々採り上げられている場所ではあるけれども、そこに別の要素を持ってきて組み合わせて、 その結果できあがるものについて「他では実現できないでしょ?」とオリジナリティを主張する。 具体的にはこんな感じです。「例のプール」に「キューポッシュ」。 私がこの写真を撮って1年半ぐらい経ちますが、いまなお同じ趣旨の写真を見ません。 これはもう、堂々とオリジナリティを主張させていただきますよ(笑 DSC00592 もういっちょ。「東京駅」に「ピクチャーエフェクト:イラスト調」を掛けあわせたものです。 こんなしょうもない使い方をする俺カコイイアピールです(笑) これもオリジナリティと言っていいかな?これはちょっと無理か! DSC02982 これら2つの例えが適切かは分かりませんが、趣旨の一端は説明できたのではないでしょうか。 この方法のメリットは、追従者を「パクリ」と言って撃退できる(可能性がある)点にあります。 複数の要素を人為的に組み合わせるのですから、そこに「これとこれを組み合わせよう」という意志が介在しますよね。 模倣する側が元ネタを知っていて、似せる上にオリジナリティを主張することを目的としてこの意志のもとに写真を撮ったとしたら、 そりゃもうパクリですよね。 ただし、実際にはパクリ認定は難しい。 元ネタを知っていて、似せて撮ること意志があったことが前提条件ですから、どういう形であれそれを証明せねば、 ということになるでしょうね。 でも、他人の心を覗き込むなんて難しいですので。 パクる側は、実際にパクリ指摘された時にはシラを切り通せば「パクリ」のそしりを受けることは回避できそうです。 が、そのネタには(パクリを疑われるということは)既に先行者がいるわけですから、オリジナリティを主張するのは不可能です。 パクる側が「オレが考えて撮った世界初の写真だ」と主張すること自体は困難になるでしょう。 まあ、世間にはそこを曲げて「偶然だ」「オレのほうが先だ」と言い切る人もいますから気をつけないといけないのですが(笑

・オリジナリティとはアイデアを具象化したものである

ここで第二のキーワード「アイデア」が登場します。 アイデアとは人間の発想である、と冒頭で規定しました。 考えて考えて頭の中で得た独自の発想を、写真という形で世に送り出す。それがオリジナリティの正体だ、とも言えます。 少しでもオリジナリティのある写真を撮ろう、という目的が仮にあったとして、 上で挙げた2つの方法のうち、「オリジナリティを主張するための撮影術」として考えた場合、どちらがより目的達成に近いか。 私は後者「既存の被写体を他の要素と組み合わせる」方が、より採りやすい手段だと考えます。 既知の要素の組み合わせ。枯れた技術の水平思考。 考えて考えて、組み合わせて組み合わせて創り出す、というわけです。 昭和写真史における最重要人物のひとり、写真家名取洋之助。 私の乏しい読みかじり知識では名取洋之助は「豪腕写真雑誌プロデューサー」の印象が強いのですが、 この人物は日本での報道写真のパイオニアと言っていい存在です。 若い頃にドイツに行きそこでライカを手にしてカメラを学び、ナチの台頭もあって帰国、以後日本で活動…という経歴ですが、 その作風は写実に徹したルポタージュ、かつ複数を組み合わせて前後の流れも見せる、いわゆる組写真だったそうです。 ドイツ時代に学んだ西洋流ドキュメンタリー写真、だけではありふれていますから歴史に名前が残らなかったかもしれません。 「ルポタージュ」と「組写真」とを掛け合わせて「報道写真」を作る、 それこそが名取洋之助の持つオリジナリティだった、とは言えませんでしょうか。 余談ながらその「報道組写真」という発想を「フォトストーリー」という名称でカメラシステムに組み込んだオリンパスが、 第一回名取洋之助写真賞を受賞した写真家清水哲朗氏と蜜月の関係にある。 ここに何となくドキュメンタリー写真を追求するDNAというかロマンを感じたりもいたします。 だとしたらアートフィルターはオリンパスの本道ではないということになるのか?このあたりは今後研究していきます。

・アイデアは形にしてナンボ

上で「アイデアは人間の発想である、考えて得た発想を形にしたものがオリジナリティだ」と書きました。 逆に言いますと「形にしなければオリジナリティを主張できない」ということです。考えるだけではダメ、と言えばいいのでしょうか。 例えば、私がキューポッシュ写真でオリジナリティのある、他に追随する人がいない写真を撮りたいと思ったとして、 東京タワーの鉄骨にキューポッシュを腰掛けさせて「今日もどこかでデビルマン状態」で撮ろう、と発想したとします。 しかし、私にはそれを撮る力がありません。そんなの無理やん。 ですから私は今ここで「今日もどこかでデビルマンならぬキューポッシュ」というアイデアは提示できましたけれども、 この件でオリジナリティを主張することは出来ないのであります。作品を作ることができていませんので。 イラストなら状況再現は可能かもしれませんが、逆にキューポッシュという要素が削ぎ落とされてしまいますからこれも難しいですね。 写真は、アイデアだけではダメなのです。実際に撮って見せて「ほら」と見せないと、その価値を主張できません。

・アイデアのつくり方

では、オリジナリティを主張できるような作品を作るためのアイデアは、どのようにしたら得られるのか? これについては興味深い本がありますので名前を出しておきます。 「ジェームス.W.ヤング アイデアのつくり方」 広告系の方には言わずと知れた有名な本、戦前に出版され昭和末期に日本語版が発売されたという比較的古いものですが、 私が買った丸ノ内の丸善では面陳列って言うんですかね、1階の本棚の目立つところに並んでいました。 今もなお売れているんだと思います。 アイデアは突然思い浮かぶものではなく作り出すものであり、その技術は訓練で得られる、ということが書いてありまして、 その中で「既存のものを複数組み合わせる」というプロセスがありました。 上で挙げた「オリジナリティは、既に撮り尽くされている被写体を、他の要素と組み合わせることで実現する」ということと同じです。 てか、この記事は実はオリンピックロゴの件などどうでもよくて、この本ありきで書いています。いつか書こうと思ってた。 華麗なるパクリでございます(笑

●今回はこの辺で。

長くなりました。すみません。 実はこの先、著作権との絡みまで書こうと構想していましたが、長くなりすぎて心が折れました(笑 著作権の話は、後日あらためて記事にします。 てかこの話、最後までキッチリ書ききらねば伝わるものも伝わらないな! この記事は前振りに過ぎません。近日に続きをやります! ご意見ご感想ございましたらコメント欄にお願いいたします。 またぜひお立ち寄りください。よろしくお願いします。 m(_ _)m
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