ソニーα・マイクロフォーサーズのデジタル一眼カメラで撮影した動画や写真、初心者向けや撮影現場で使える撮影術や新製品レビューも豊富。クリスマスイルミネーションなど季節ごとの写真も充実しています。読み物としても充実させることを目指しています。
トップ > ソニーα > 続々・国家中枢そぞろ歩き その4 国立劇場
2015/09/04 Fri 00:00 スナップ写真 | 写真 | ソニーα

●今回の主役は国立劇場

「続々国家中枢そぞろ歩き」シリーズ4回めとなります。 日比谷見附からスタートし、桜田門から三宅坂と歩き、青山通りに入ったところまでを記事にしてきました。 ここまではほぼ一本道、お堀沿いに歩いてきただけでして、普段このエリアを歩き慣れない私でも位置関係は把握できていました。 が、この先の記事では道に迷いながら進んだことを書くことになりそうです。 今回の記事で採り上げますのは国立劇場。戦後建てられた昭和モダンの建築物であります。 ああ、キンキキッズがミュージカルやってるところね!…って、それは帝国劇場。 油断するとゴッチャになりがちでイカンイカン、帝国劇場は明治以来の立派な民間劇場でした。 今回は国立劇場ですよ! DSC03542

・三宅土佐守

で、私はこの国立劇場を外観だけでも撮っていこう、と思ったのであります。 何故か。国立劇場の写真をベースに、まとまった文章を書けるかもしれない、と思ったからです。 前回、「三宅坂という名前は『三宅土佐守の江戸屋敷があった』ことから名付けられているそうです。」と書きました。 その江戸屋敷があった場所というのが、現在で言うこの国立劇場のあたり、なのだそうです。 このあたりは、江戸時代でも超一等地だったはずで、三宅氏とはさぞかし名門なのだろうなと思ったら、 家康以来の三河譜代、つまり徳川体制の生え抜き中の生え抜きで、領国は渥美半島、今で言う愛知県田原市、と。 ここで以前に読んだ名作漫画「風雲児たち」を思い出しました。 渡辺崋山こと渡辺登、田原藩士で後に家老に昇進、画家として名を上げつつも蛮社の獄で蟄居処分、 後に壮絶な切腹を遂げた人物であります。 その渡辺崋山の章の冒頭でも「三宅坂」という名前のルーツに言及されていましたね。 さて、この話はもうちょっと続きます。 現在国立劇場が立つ地はかつて三宅土佐守の江戸屋敷だった、と。 三宅土佐守は愛知の田原藩主であっって、土佐にはゆかりがありません。 なのに土佐守。なぜ?という疑問が出てきます。 歴史に詳しい方には周知の事実なのだろうとは思いますが、 この肩書(官位、ですね)はあくまでも形式上のものでして、領国がどこかというのは関係ないのだそうです。 ですから大岡越前守忠相は別に福井県に住んでいたというわけではない、ということで。 名誉職みたいなものです。 ところで、確認も兼ねて江戸時代の区画はどのようになっていたんだろう、と、「Goo古地図」で見てみました。 この手のネタを書く時、こっそり見せていただいていたサイトです。今の東京と比べると面白いですよ 今回はこの「麹町・永田町・外桜田」の部分なんですけれども。 http://map.goo.ne.jp/history/edo/map/2/ それを見ますと、確かに国立劇場は三宅備前守の屋敷だ!符合した! …え?備前守?土佐守ちゃうんかい? となりまして、三宅氏の当主歴代の官位を見てみましたら、備前守の方が多いことを知りました。 キャリアや序列なんかの兼ね合いで官位はちょくちょく変更になるor次代当主は別の官位になる、 なんてことは珍しいことではなかったそうです。 じゃあ何故、三宅氏歴代としてはメジャーな「備前守」ではなく「土佐守」と現代では紹介されるのか。 三宅氏で土佐守となったのは14代三宅康直、渡辺華山の主だった人物だけのようです。その前後は備前守、備前守、備前守。 なんだよ結局「有名人に付随して名が知られた人物」がその家系の代表であるかのように扱われているわけか、 と、私は勝手に思ってしまいました。 まあ、もともと名前に根拠が無いわけですからそういうものなのでしょうけれども。 このあたりの話は私には宿題になりそうです。 DSC03534

・国立演芸場

話が思い切りそれました。撮り歩きに戻ります。 三宅坂交差点から国道20号沿いに歩いていれば、 この記事冒頭の写真、正倉院をモチーフにしたと言われる国立劇場に迷うこと無く到着できたのでしょう。 が、私は20号を真っ直ぐ進まず、246号青山通りに入ってしまいました。 国立劇場は撮っておきたい、と思いつつも、選んだルートはそこから外れるような道だったという。 んなもので、地図を片手に、街灯も少ない暗い夜道を進み、標識を見ながら「本当にこっちで合っているのか?」と悩みつつ、 たどり着いたのがこちら、国立演芸場であります。 国立劇場から見たら、裏口(失礼!)にあたるような位置関係ですが、 徒歩での国立劇場来場者はこちらを利用するのもセオリーだったみたいです。 DSC03539

・何もやってないから誰もいない

上の写真の国立演芸場も、ドデカイ国立劇場も、この日は何も行われていませんでした。 門などが閉じられているわけではありませんでしたので、誰もいないところですが敷地を歩くことだけはできました。 不気味なぐらい静かでしたね。でも嫌いじゃありません。たまにはこんなんも、ええで。 DSC03545

・ここにもあった森タワー

さて、国立劇場を離れて246に戻ります。 その途中、へんてこな遊歩道を見かけました。赤いゲートがトンネルみたいに続いていて、まるで千本鳥居のようです。 ここを上がっていきますと、高層ビルのちょっとした商業施設のような場所に出ました。 後で知ったのですが「平河町森タワー」なのだそうです。森ビルでしたか。あちこちにあるのですね。 DSC03547

・そして赤坂へ

そこを離れまして、246沿いの歩道を更に進みます。 前方が(周囲の暗さと比較して)ひときわ明るくなっておりまして、246は高架になってそこを越えて行くような構造になっています。 赤坂見附交差点ですね。今回も結構歩いたなあ。 DSC03551

●今回はこの辺で。

このシリーズでは一応の目的地を「三宅坂」と決めていて、そこから先は出たとこ勝負、ネタになりそうな方へ行く! みたいに考えて歩いておりました。 この頃には「地下鉄の駅があったら、もうそこから帰りたい」みたいな気分になっていたのですけれども、 赤坂見附の灯りを見まして、もう一箇所行ってみよう、という気になりました。ですのでもうちょっと続きます(笑 次回「続々・国家中枢そぞろ歩き」最終回となります。 またぜひお立ち寄りください。よろしくお願いします。 m(_ _)m
今回の
撮影機材
関連記事
このエントリーをはてなブックマークに追加 follow us in feedly Subscribe with livedoor Reader
Secret

TrackBackURL
→http://dtr2008.blog32.fc2.com/tb.php/1301-9a0ac41e