ソニーα・マイクロフォーサーズのデジタル一眼カメラで撮影した動画や写真、初心者向けや撮影現場で使える撮影術や新製品レビューも豊富。クリスマスイルミネーションなど季節ごとの写真も充実しています。読み物としても充実させることを目指しています。
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クリスマスイルミネーションシリーズ、西洋館の続きです。

クリスマス関連エントリ、横浜編をお送りしています。 この日は私としてはかなりの長行脚、それが記事数にも出ると思いますのでもう少し続きます。 今年の山手西洋館は私は3館のみ巡り、離脱となりました。 暖かいぐらいに感じられる気温ということもあり、ゆったり歩くことができました。 P1060339

元町・中華街駅へ向かって歩く

山手234番館を出て、海の方に歩いていきます。 これまで採り上げてきた、観光施設として一般公開されている公共施設以外は通りがかりに眺めるしかありませんが、 それでも見どころは満載で、カメラを手放すことができません。 P1060336 こちらはカフェ「えの木てい」です。えのき亭、ではないことを最近知って衝撃を受けたクチであります。 お店の前に大きな榎があるから、なのでしょうかね。知らんけど P1060311
横浜山手えの木てい オンラインショップ

アメリカ山公園

外国人墓地の横を入っていきます。 少し坂を下っていきますと唐突に?芝生広場に出ます。アメリカ山公園であります。 元アメリカ領事館があった場所だからアメリカ山、元町・中華街駅と一体的に開発された公園で、 ドン詰まりにありますから自転車等の往来もほぼ見ることなく、こちらも落ち着いて過ごすことができます。 P1060342 風景としては平凡かとは思いますが、私は普段こういったグラデーションが綺麗に出る時間帯に撮り歩きませんので、 ちょっと新鮮な思いで撮らせていただきました。 P1060351 アメリカ山公園のイルミネーションは「電球色一色 + 中央にピンクのツリー」であります。これがとても洒落ています。 ボリュームとしては大したことない、のかもしれませんが、この横浜山手の雰囲気とよく合っていると思います。 私は好きですね。結局毎年見に来てるもんね。 P1060346

今回はこの辺で。

そんなこんなで山手西洋館~アメリカ山公園と歩きました。 ここから地下に潜ってみなとみらい線に乗り、次の撮影場所を目指そうというところです。 が、その前にせっかくですから、やっぱり見ておきたいですよね。 というわけで次回は元町ショッピングストリート編となる予定です。サクサク行くぞ(笑 またぜひお立ち寄りください。よろしくお願いします。 m(_ _)m
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2014年度クリスマス編関連エントリです。
横浜へ行ってきました、完全にクリスマスネタ目当てです(笑
石川町駅を出てちょっと坂道をのぼり、ブラフ18番館外交官の家を制覇、
そのまま山手の道伝いに歩いてベーリック・ホールとエリスマン邸を見て回ったところで西洋館はタイムアップ、
外国人墓地の脇の道をくだって行き、元町方面を目指しました。
向かったところはこちら、アメリカ山公園であります。
EM190312

そこに向かう途中、外国人墓地のあたりで、塀越しに撮ったみなとみらい方面です。
暮れ具合がちょうど良いですね。
EM190309

さらに同じ場所でもう1枚、富士山です。
フッジッサーン!フッジッサーン!マイゴハヤバイゾフッジッサーン!
EM190307

このアメリカ山公園、現在の形に整備されて公開され始めたのは2009年とのことです。意外に歴史が浅いのですね。
ただ、アメリカ山というこの場所自体は歴史があるはずで、そういえば近所にフランス山、イタリア山もあったなあ、
これはどういう由来なのだろう、とググってみましたらそれぞれの国の領事館があったからついた愛称、ということのようです。

ならば、なぜこの山手の丘の上に領事館が集中したのか?施設柄、港湾や大都市の近隣にあった方がいいはず!
と思ってこれもググってみましたら、現在西洋館街がある山手はその昔外国人居留地だったそうなんですね。
領事は自国民の保護も目的としていますから、領事館が居留地に置かれるのは、必然とも思えます。

ならば、なぜこんなへんぴな(失礼)場所に居留地があるのか、と思いこれもググってみましたら、
もともとは別の場所にあり、住み心地等の理由で山手の地も居留地に追加された、という経緯らしいのです。

ならば、山手より前からあった外国人居留地というのはどこなのか、と思いこれもググってみましたら、
山下町、現在で言う山下公園とか中華街の海寄りの一部分あたりなのだそうで。

ならば、なぜ外国人居留地が山下町に作られたかと思いさらに辿っていきますと、
もともと幕末に開港するはずだったのはよく言われる「横浜港」ではなく、「神奈川湊」だったというのです。
神奈川湊というのは東海道の神奈川宿、現在で言う東神奈川駅あたりにあって、当時は大いに栄えたと。
東海道の宿場町ですから、現在で言う新幹線の駅みたいなもので、神奈川宿は地域一番の大都市だったに相違ありません。
日米修好通商条約で「開港する港」として指定されているのが「神奈川」だったのも頷けます。

しかし、本当に神奈川湊を開港し、神奈川宿の近隣に外国人居留地を設置してしまうと、
なまじ神奈川が大きな街で交通の要衝だっただけに、日本人とのトラブルも多発するのではないか、と幕府は危惧したようで、
近隣の(当時は僻地だった)横浜の地に港を作り、外国人居留地を作り、
「ここが神奈川だ、条約に従い、ここを開港する!」ということにしたのだそうです。

当然アメリカは反発します。「ココ、神奈川ジャナイヨ、横浜ネー」
それに対して幕府は「横浜は、神奈川の一部でござる」と強弁したと。アメリカもよくこの弁明で引き下がったな(笑
これは私見ですが、神奈川県、という名称のルーツはここにあるように思います。なぜ「横浜県」「相模県」ではないのか。
横浜は神奈川の一部、と対外的に押し通した手前、公的機関や組織名に「横浜」でなく「神奈川」とつけたのでしょうね。
実際、横浜開港と同時に開設された税関は現在も続く「横浜税関」という名称ではなく「神奈川運上所」という名前だったそうですし。
また、神奈川宿は当時の相模国の物流・交通の結節点としても機能していたのだそうで、
相模国全域を含む行政区画の名称が神奈川となったのも妥当だったとも言えます。いわば「神奈川つながり」ですね(笑

アメリカを誤魔化すようにして開港した横浜港、現在で言う関内あたりが中心地として発展し、
後に神奈川宿からその役割を奪うようになり、現在に至ります。
山下町、山手の外国人居留地も、後に日本人も居住したとの事で、文明開化の先端の地として賑わったのだろうと思います。
今回ざっと仕入れた粗知識はこんな感じです。補足訂正はコメント欄にぜひお願いします。

話がそれました。とにかくアメリカ山は、そんな場所だったわけです。
EM190332

マリンタワーははっきりと、ベイブリッジもうすらぼんやり眺めることができます。
ランドマークタワーはどうだったかな?マンションか何かに遮られて見えなかったかも。
EM190317

たまにはカメラの話もしなくてはなりませんね。
マイクロフォーサーズを使って撮っていますと、時々無性に意味もなくボカした写真を撮りたくなります。
あるあるネタですよね。違う?
EM190336

意味もなくボカして撮りたくなった写真、もういっちょう!
使ったレンズはノクチクロンだったと思います。ストレス解消!
EM190337

マエストロ!?何やそれ?と思ってこれまたググってみましたら、映画のタイトルなんですね。
西田敏行?黒田長政?へええ、と思っていましたら音楽が上野耕路って。ちょっと興味が湧きました
EM190343

今回はこの辺で。
アメリカ山を離れて、さらに徒歩で移動していきます。神奈川編、じゃなかった横浜編はまだまだ続きます。
またぜひお立ち寄りください。よろしくお願いします。
m(_ _)m
EM190339

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